« “愛”って過大評価されすぎでしょう。 | メイン | 『見てないものこそ。ゲド批判-2-』 »

ジブリ映画『ゲド戦記』の馬鹿なセリフ。(見てもいない映画評)

「命を大切にしないやつなんて大嫌いだっ!」

…なんか「感動的な名セリフ」っぽいこれ。なんなんだろ。ひどすぎる。この一言だけで本編を見るまでもなく完全な駄作と判断してまちがいないだろう。

これ、二重の意味で馬鹿馬鹿しいのだが、まず第一に、こどもでも知っている常識的な倫理観をわざわざ声に出して力説する恥かしさがある。「人殺しは悪いことだっ!!」みたいな。
さらにその常識を「?大嫌いだっ!」などと個人の感覚的な感想として述べているのが致命的だ。
すでに常識として定着している当たり前の悪を、好きだの嫌いだの言ってどーすんだ、と思う。
それってたとえばこんな会話と同じだぞ。

A子「あんたの大嫌いなタイプってどんなの?」
B子「えーと…、命を大切にしない系?つか「人殺し」、みたいな。」
A子「うそっ。あたしは、わりと好き。」

…ありえないだろ。

そして、もしこの言葉が「命を大切にしない」行為をやめさせるための説得という意味合いが込められているなら、いったいどういう状況で有効なのかがまったくわからない。
ちょっと以下の場面で相手に向かって
「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」
と叫んでいるのを想像してみてほしい。

●ナイフを突きつける強盗に向かって?
●戦場の兵士に向かって?
●屋上から飛び降りようとしている自殺志願者に向かって?
●自爆テロを行うテロリストに向かって?
●イラク戦争を決定するブッシュに向かって?
●デューク東郷に向かって?

…んん、だめだ。説得されるどころか、頭がおかしいと思われるのが関の山だろう。コントですらなくて、むしろ不条理劇に近い…。

あっ、そうか、今まで「人間の命」だとばかり思ってたから「大嫌い」って言葉とのバランスを欠いていたのであって、「命」のほうをなにか「ものすごく軽いやつ」にすれば「大嫌い」と釣り合いが取れるんじゃないか?ちょっとやってみよう。

●アリの行列を一心不乱に踏み潰すアホなこどもに向かって?

これだっ! 
「命を大切にしない子は先生大嫌いですよっ!」
やっとしっくり来た。

■結論
「命を大切にしないやつなんて大嫌いだ!」
というセリフは、幼児に対してのみ意味を持つ極めて低レベルなセリフである。

追記(10/28)
一時は「幼児にだけ効果的なセリフ」という結論に達したのだが、驚くべきことにテルーはこのセリフを幼児よりもっと大っきな子に言っているらしい。しかも、「蟻んこの命」ではなくて、やはり「人間の命」の大切さについて訴えているようなのだ。

だとすると、もう少し考える必要がある。
先ほど箇条書きにした「命のやり取りがなされる具体的状況」で、あの「大嫌いだっ!!」が、どう考えても場違いなのは、当然「人の命が失われること」という重大事と「女の子に嫌われること」という軽めのリスクがまるで釣り合ってないからだ。
逆に「蟻んこを踏む園児を諭す先生」の場合、「蟻んこの殺戮」と「先生に嫌われること」のバランスがうまく取れているためリアリティがある。

だが、ゴロー監督はこのセリフを幼児向けのメッセージだとは考えてないなら、そしてそのことになんの不自然も感じていないとすれば、異常な結論に達せざるをえない。

つまり、ゴロー監督は「人の命」と「女の子に嫌われること」が釣り合っていると思っているのだ。

■結論2
ゴロー監督は(過去何があったか知らないが)「女の子に嫌われること」を「死に匹敵する重大事」と思っている。
でなければ、「人命」をたかだか「女の子に嫌われる」程度のことだと異常に軽視している。

あ、もうひとつ「人の命」と「大嫌い」が釣り合っていると考えてもおかしくない場合があった。
「アニメという虚構の中だけに限定した話」なら問題ない。人が何人死のうがフィクションなんだから、「重さ」なんてゼロだ。
だとすると、ゴロー監督は「アニメは現実に影響を与えるようなメッセージなど持ち得ない、所詮は絵空事」という、現実は現実、アニメはアニメと完全に割り切った非常にシビアな感覚の持ち主、ということになる。
「現実」や「作品の影響力」を意識するあまり勧善懲悪のわかりやすい娯楽作品がまったく創れなくなった父親とは大違いだ。

だが、そうだとすると新たな疑問が…。
「アニメのメッセージ」なんてものを鼻で笑うゴロー監督が、なぜ、純粋な娯楽作品ではなく「ゲド戦記」などというメッセージ性の強い原作の監督をしたのか?
この謎はあなたがぜひ劇場で、またはDVDを購入して確認して欲しい。ぼくはやだけど。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://strangelove.jp/mt/mt-tb.cgi/14

コメント (6)

あすみ:

そのへんの材料をみつくろって必死で
適当に組み上げている。

グレー:

確かにこの作品は中身がないと思います。

ものか:

もういい加減、作品の質だけで勝負できるように
なって欲しい。 公開の度に「誰が声を当てているか」
だけが注目され、中身も本当にそれだけなんていう状況が
続いている。 個人的には、ジブリは「ラピュタ」で
もう終わってると思ってますけどね。

通りすがり:

2にもコメントしたのでアレですが・・・しかも古い記事だし。

でも、コメントしますっ!

世間で叫ばれている「人命の尊さ」ですけど、これって虚構だと思うわけです。なんでって、僕らが日々生活に不要なもの(『ゲド戦記』を見るために払う入場料とか)に費やすお金を集めて人命を救おうと思えば、たぶん結構なことが出来ると思うのです。でも、そうしようとする人はほとんどいませんよね。

ようするに、「人命は尊い」と言っている人間どもの行動を冷静に観察してみると、どう見ても自分らの言動に即した行動は行っていないようなのです。よって、「人命は尊い」という言明自体は間違いなわけです。むしろ、彼らは「人命」に対して徹底的に無関心なため、殺人や自殺すら行わないというのが本当のところな気がします。

そういった観点からみると、ゴロー氏のような人間が「人命は尊い」というメッセージをメロドラマレベルで表現する理由も、虚構の重要性も理解しない理由がよく分かると思います。

結局のところ、現実の大部分が欺瞞という虚構から成り立っているという構造を理解したうえで、作品を作っている人間とは比べ物にならないということでしょう。

ちなみに、デューク東郷に向かってあの台詞を言うのは危険かと思います。怪しいやつだと思われて「ビシッ」と頭に一発食らわされそうです。

匿名:

頭の弱そうな記事ですなあ

匿名:

そういう下らないこと書くの、やめた方が良いですよ。
ていうか、そんな事言っている貴女の方が馬鹿なのでは?
例えが下らな過ぎです。
頭悪いんですか?
ゲド戦記の良い所が分からない人は餓鬼かただの馬鹿ですよ。

コメントを投稿

About

2006年10月26日 02:50に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「“愛”って過大評価されすぎでしょう。」です。

次の投稿は「『見てないものこそ。ゲド批判-2-』」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by MovableType